田舎亭の親子丼と蜜柑/麻婆豆腐とご飯
ずっと前から TODO に「ユニバーサル・デザインについて書く」とか書いておきながらそのままになっていますが、今日職場でシドニーパラリンピックの開会式のビデオをみて感じたことなどを。
開会式は超満員のスタジアムで、実ににぎやかに行われていました。参加する国と地域や選手の数も過去最大とのことですし、これまでとは比較にならないくらい注目されている大会でもあります。それは、すばらしいというよりは、今までより少しはましということなのでしょうが、だからこそかえって「なぜオリンピックと一緒じゃないの?」という違和感を強く感じてしまいます。実況の NHK のアナウンサーが、入場行進する日本選手団に対して「ほんっと、みなさんあかるいですねー」とか言っていましたが、そんなことをとりたてて言ってしまうような無神経さがさらに私の違和感を増大させました。
障害者と健常者というのは、決して「黒か白か」というような区別のものではありません。例えば今回のパラリンピックで陸上 100m 男子に対して 15 ものクラスがあることからもわかるように、決して障害者とひとくくりにできるわけではないのです。
オリンピックとパラリンピック、すなわち健常者と障害者という区別は、障害だろうと個性だろうと人の間に当たり前のようにある限りない多様性を否定する、そんな心のあらわれのように思えてしかたがありません。
かつてヘレン・ケラーは、「三重苦のどれがもっとも辛いのですか」という問いに対して、こう答えたといいます。
「どれもましだわ……お馬鹿さんより」
私たちはいつの日か、「では『お馬鹿差別』はいいのか」という問題意識に達することになるのでしょうか。